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夢のスタートレック
これは『電撃王』に載せていたコラムの中で思い入れが深いものを、細かくアップトゥデートして載せようという試み。
新たなコメントは【注】、最初からあったコメントは【原注】と表記している。

■■■

 誰でも生まれつきプログラマってわけじゃないけれど、世の中にはプログラマになってしまう人もいる。これはそんなプログラマになってしまった僕のコンピュータと出会ったころの物語だ。
【注】 今だからバラしてしまうと、この文章は僕が敬愛するロジャー・ゼラズニイの中でも最も好きな作品の一つ「その顔はあまたの灯、その口はあまたの戸」(早川文庫刊・『伝道の書に捧げる薔薇』)の最初の文章をもじりだったりする。

 話は遥か昔…そう僕がまだ中学生だったころ。アメリカで「スターウォーズ(現在で言うエピソード4 A NEW HOPE)」が公開され、大ヒットを飛ばしていた1977-78年に遡る。
 僕は筋金いりのSF少年で日本公開を心待ちにしていた。公開されるまでの間、少しでも内容が知りたかったのでスターウォーズ情報が載っている本はなんでも買っていた。
 そんなある日、本屋で見つけた豪華増刊「文藝春秋デラックス:宇宙SFの時代」。この本が、僕をコンピュータに向かわせるきっかけになった。
(余談だけど、この本、やたらと出来が良かった。今では手元にないのが残念だ)
 本の中には目当てのスターウォーズの記事はたっぷりあった。伝説的な映画作品、禁断の惑星・惑星ソラリス・2001年宇宙の旅・サイレントランニングなどなどの情報もタップリ載っていて、見所満載だった(当時はビデオがなかったので映画館で再公開されるかテレビで放映されない限り見ることが不可能に近かった)。
でも、それ以上に僕を引きつけた記事があった。
それは「小松左京父子がスタートレックに挑戦する」
 記事の内容を簡単に説明すると、アップルIIのゲームスタートレックに小松左京父子が挑戦する様子を実況風におもしろおかしく文章にしたものだ。
『コンピュータ上で動くゲーム!』
 まったく大変なショックだった。
 僕はラジオ少年だったからマイクロコンピュータが出来たのは知っていた。けれど当時、コンピュータは魔法とほとんど同義語で、出てくるイメージはSF映画や小説に現れる万能に近い「電子頭脳」か、はたまた新幹線とかの予約に使われている神秘のベールに包まれた機械だった。(コンピュータでやるから間違いなし! なんて良く言われていた。ウソつくなよ)
 まさか個人でコンピュータが持てるなんて思っていなかったし、ましてやそれで複雑なゲームができるなんて想像もしていなかった。
 スタートレックの強烈なイメージは僕の頭の中に住みついてしまった。寝ても覚めてもスタートレックの事ばかり考えているし、スタートレックで遊んでいる自分が夢の中に出てくる始末だった。
【注】 宇宙SFの時代は、エメドラのなんかでファンの人が持ってきてくれたおかげで読むことが出来た。古本なら手に入るから買おうかいつでも考えてしまう本だったりする。また、この当時は「電子頭脳(今で言うコンピュータ)は間違えない」ことになっていた。今ならお笑い種だ。

 そこまで思いが募ってアップルIIを買うのを我慢できるわけがない。電気屋を探し回った末、つにアップルIIの置いてあるところを探し出したのだが…お値段なんと48万円!
 唖然呆然。僕の目玉は飛び出した。
 48万円! 今なら軽く100万円以上するのと同じ感覚だろう。
 それだけの大金を払うマシンのスペックはどうかと言えば、6502のクロック1.7メガちょい。メモリ16キロバイト(標準)、40x25の固定16色低解像度(!)グラフィックと、メモリを拡張すれば使える280x192の4色『超』高解像度グラフィックス(16キロ拡張するのに、軽く10万以上かかる。のちに6色まで出せるように改良された)。
 ベーシックしか動かないし、フロッピなんかなくてカセットテープにセーブするしかない(正確にはフロッピはあるにはあったけど、途方もない値段で買えるような代物じゃなかった)。
 ‥‥今ではどう控え目に見ても、小学生用の電子手帳にも負けてしまう代物だけど、これでも当時はあこがれのスーパーマシンだった。
 中学生だった僕が、そんなとんでもない大金を持っているはずもないので、値段を見た一瞬でアップルII購入計画は瓦解した。
【注】 APPLEって名前で想像がつくと思うが、「アップル社」が出した大ヒットパソコン。ジョブスとウォズニアクが作った。当時としては驚異的な高解像度グラフィック・高機能(かつ高速な)なベーシックなどを積み「コンピュータのキャデラック」と呼ばれていた。

 けれど「スタートレック」は絶対にやってみたい。なんとか安く「スタートレック」を遊ぶ方法はないかとマイコン雑誌を読みあさっていくうちに、とにかくBASIC(ベーシック)が動くコンピュータなら「スタートレック」は遊べることがわかった。
 またコンピュータを手に入れる一番安い方法は全部自分で作ることで、その次は比較的安い日本のコンピュータ「キット」を買うことだった。
 僕に全部自分で作れるほどの腕があるわけもないので「キット」以外には考えられず、手の届きそうな機械を探し回った。で、決めたコンピュータが忘れもしない名機TK-80EとTK-80BS(ベーシックステーションの略)。
 TK-80Eがコンピュータ本体で、TK-80BSがTVインターフェースとカセットインターフェースとキーボードとベーシックと拡張RAMをセットにしたものだ。
 当時を知らない人のために少々解説。
 TK-80Eは「キット」、つまり自分でハンダ付けして初めて動く代物だった。今から見ると異様だけど、当時日本で売っていたマイクロコンピュータの大半はこの形だった。(EX-80,TK-80,LKIT-8,LKIT-16,H68-TR‥全部当時発売されていたキットなんだけど、名前も聞いたことないハードだろう)
 もともと、このキットってのは、LSIメーカーが他の電気メーカーの技術者に「マイクロコンピュータとはなにか」を知ってもらうためのトレーニングキット(その頭文字を略したからTKなのだ)なのだから、それも当たり前というもの。
 では、その値段はと言えば、TK-80BSが128000円、TK-80Eが67000円。二つ足して、195000円!
 やっぱりベラボウだったけれど、自分の貯金に誕生日とお年玉とクリスマスのプレゼントを2年分足せば買えそうだった。そこで親に泣いて頼み込んで、ようやく買ってもらうことに成功したってわけ。(例によって一生のお願いって奴だね)

 こうしてコンピュータを手に入れ、一緒にベーシックを手に入れた岩崎君は「スタートレック」がプレイできて幸せでした。めでたし、めでたし‥‥なんて都合のいい話は世の中にはそうそうない。
 コンピュータを手に入れるまではなんとかなったけれど、なんとも悲惨なことに「スタートレック」はまるでプレイできなかった。
『スタートレックのソフトがどこにもなかった』からだ。
 当然と言えば、あまりに当然。
 当時、ゲームソフト、それもマイコンのものなど存在しなかったから、市販品を手に入れる手段はなかった。(現実にその当時マイコンのソフトを専門にしているメーカーなど一つも存在しなかったと思う)
 手に入れる方法はたったの一つ。雑誌などの紙媒体のみ。
 泣きそうになって資料を漁った、雑誌を漁った、本を漁った。
 『101ベーシックゲームズ』って本にスタートレックのリストが載っているのを知った。やっと探し出して読んでみるとTK-80BSのベーシックにはない命令が山の様に使われていて、とても動きそうになかった。
 SC/MP(スキャンプと読む)の上で動くタイニースタートレックのリストを見つけた。やっぱり知らない命令がいっぱいあった。
 どの本を読んでも、そのまま打ち込んだんじゃあ動きそうにないスタートレックばっかりだった。そして僕はプログラムなんてさっぱり分からないから、そのまま打ち込む以外のことはまるでできなかった。
 TK-80BSで動く面白くもないゲームのリストは掃いて捨てるほど見つけたけれど、かんじんかなめのあこがれのスタートレックはどこを捜しても影も形もなかった。
【注】 "BASIC"には信じ難いぐらいの数のハード特有の方言があり、これを乗り越えて移植するのは、当時の僕の実力では「絶対無理」だった。今なら数時間でかけるレベルのプログラムだと思うが(苦笑)

 僕は途方にくれてしまった。
 一体全体、どうすればスタートレックができるんだ?
 結論は最初からはっきりしていた。
「自分で作ればいい」
 それがコンピュータのいいところ。
 コンピュータはプログラミングすればなんでもできる(だから無限の可能性を持つと雑誌では喧伝されていた。たいがいにしろよ、なんて今じゃ思っちゃうけど)から、自分でTK-80E+TK-80BSで動くスタートレックを書けば、僕はスタートレックをプレイできるわけだ。
 やらなくちゃいけないことはただ一つ。プログラムを覚えるだけだ。
 僕はスタートレックを遊ぶために、プログラムの勉強をはじめた‥‥
 それから16年経って、僕はゲームを作るプロになった。けれど今だ持って、初めて記事を読んだときに夢見た、理想のスタートレックは出来ていない。
 そして今でも夢のスタートレックを作ってみたいと思っている。

【注】 
この文は、電撃王がメディアワークスから創刊される当時、編集長だった島谷さんから依頼されて書き始めたエッセイの第一弾。僕が、実際にプロとしてコラムを書いた初めての文だ。(Beepはコラムではあったが、ちょっと微妙なので、一応除外」)
自分にとって、最も思い出深く、そして最も亜種を作った(アマチュア時代に、フルスクラッチで20個以上は作ったと思う)ゲームだ。



|| 02:31 | comments (5) | trackback (0) | ||

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コメント
ハドソンのSTAR TREKは当時有名だった8KBasic用の移植版です。当時は著作権の概念とか、もうまるでおおらか・・・というかメチャクチャな時代でしたから。
| 岩崎 | EMAIL | URL | 10/06/03 01:27 | 0GxDfQ/U |
80年頃、同級生が1万円で玩具のようなパソコン?を買い雑誌に載っていたゲームのプログラムを打ち込んでいました。私も含め数人で打ち込み、半日がかりで完成させたものがバックアップ用のカセットテープのエラーで水泡に帰したことも。当時はカセットテープが高くて、使いまわしたのが原因でした。今となっては笑い話です。

雑誌の広告にカセットテープのゲームソフトが出ていましたが、それを製作販売してたのがハドソンだったと後で知り驚きました。たしかスタートレックもあったと思いますが、やったことがないので詳細は不明です。写真で見ると難しそうでしたが・・・
| take | EMAIL | URL | 10/06/02 19:38 | oHatLpkE |
>> MSX研究所長 さん
そのまま打ち込めるソースが普通に普及を始めたのは8001以降だと思います。
それより前はまあ百花繚乱というか、ただの子供のオモチャみたいな代物でしたからw

まあ、今プレイしたら何が面白いかも良くわからないレベルだと思いますよ。あれは30年前の、あの瞬間だったからこそ感動できたゲームです。

>> Pakochan さん
オリジナルのレビューがあるかどうかはともかく、調べれば思い出せるのは確かなので(笑) 調べてみます。

ちなみにエルディスはゲームは素晴らしく面白いシューティングでしたね。まあムチャに難しいゲームでしたが(笑)
| 岩崎 | EMAIL | URL | 10/06/02 13:08 | 2OXmdoFs |
とても懐かしく読ませて頂きました。

私が物心つく前に父がPC-8001(1979年)を買ってまして、当時の雑誌などに「STAR TREK」がよく出ていたのを思い出しました。(なぜかカタカナ書きは少なかったような気がして、今もこう書いてしまいます)

最近「クオドラント」というIT系らしき専門用語を唐突に思い出したものの、周囲に聞いても検索しても分からなかったのですが、この記事を読んでこのゲームに出てくる「宇宙の1コマ」だったと悟りました。誰も知らなくて良かった!

8001用には「PC-8001 プログラムライブラリ」という本にメインメモリが16KB用と32KB用のSTAR TREKがありましたが、当時の自分には長すぎて打ち込みきれませんでした。今にして思えば「そのまま打ち込めるリストが手元にある」だけで恵まれていたのですね…。

というわけで憧れるだけで30年近く経った今も未プレイなのですが、「フォトン・トーピドー」とか「クリンゴン」などの単語は日本語もおぼつかない頃からずーっと覚えています。12インチのグリーン・ディスプレイの向こうにあったであろう大宇宙(クオドラント単位)への憧れを壊したくなくて、今も遊ぶのがちょっと怖かったりします。
| MSX研究所長 | EMAIL | URL | 10/06/01 23:52 | d0ThCw3o |
電撃王に掲載されていたコラム、当時いつも楽しみに読んでいました。
時はまだ20世紀(笑)だったころに、
高速インターネット回線やネットワークゲームを取り上げていたり、
今思い出すと岩崎さんの先見の目はすごいなぁと感じてます。

これからの更新楽しみにしています。

あと、これはリクエストです。
岩崎さんの好きなシューティングゲームについてのコラム、レビューなんかを掲載してほしいです。
ディープブルー、パワーゲート、ホークF-123、エルディス、これら珍品を知るきっかけになったのは岩崎さんのおかげです。
あと、PCE版グラディウスIIのレビューなんかも読んでみたいですね。たしかベタぼめでしたよね(笑)
| Pakochan | EMAIL | URL | 10/06/01 23:17 | RH/DpXao |
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