2018-01-02 Tue [ ゲームについて::理屈のこと ]
あけましておめでとうございます。
といいつつ、今日は全く正月と関係ない話題の記事だったりします。
やや旧聞に属する話なのですが、去年の11月にunityさんにお招きにあずかり、海外と国内の課金メカニクスの比較についてちょっとしゃべったのですが、そのときのスライドに手直ししたものを 【slideshareに公開】 しました。
本来はしゃべってすぐにアップするつもりだったのですが、そのあと全くクソ忙しくて、アップできなかったのを、正月にヒマが出来たので、手直し&見直しを終わらせて、ようやくアップしたわけです。
しゃべったあと、結構問い合わせがあったらしく、遅れて申し訳なかったです。
一つ余談を書いておくと、海外では運営では基本的に時間パラメータに"Daily"を使います。つまりARPPUとかDAUとか全部Dailyベースで見るわけですが、日本の運営の感覚からすると「エエッ!?」だと思います。
これはガチャ+イベントによる乱高下がないから、エビデンスとしてDailyでノイズは十分に少なく見ることが出来るからです。バージョンアップの効果など非常に精密に測定できるので、そこらへんでも、今では海外の方がより優れた運営であると感じます。
ところで、今回、Gamescom 2016で登場したガチャサイクルって言葉(大いに使っている)と、それに対応する古典サイクルって言葉が定義出来たのが自分的には嬉しかったり。
で、これに関係したことをちょっとだけ以下に、
まあプロ向けの話で、フツーの人には「?」な内容になってしまうと思うので、そこらへんはご容赦を。
日本では「ガチャは悪」的な言われ方がよくされるわけですが、これはガチャがダイレクトに課金に繋がって、そして外れたときに痛みがあるからです。
加えてガチャは課金としては単価が高く、これをユーザーに1か月に一度ぐらいは10連を遊んでもらおうとすると、約3000円分の石を撒くことになり、こういうことをやると他の課金経路がいろいろ死ぬので、基本的に石を撒かない海外型の運営の方が明らかに正解です。
と、モロモロを考えると、様々な課金導線に分散された海外改良型ガチャサイクルの方が、ユーザーの課金に対する痛みが出にくく、課金モデルとしては明らかに優れているというのが、現在の持論です。
というわけで、日本型のガチャサイクル+イベントの構造は、今では古びつつある、というのが僕の意見ですが、最初から悪ければ、ここまで主流として機能してくるわけはなくて、ガチャがいい形で機能していた時代のコトを少し書いておきたく思います。
そもそもはslideshareで書いたガラケーでのブラウザソーシャルの時代、イベントが初めて登場したころは、古典サイクルは非常に小さく、ユーザー介入要素と呼ばれてもまあ仕方ないかなってぐらい単純なものでした。
言い換えるなら、ガチャから何が出るか? そして、それをどう扱うかというのがものすごく大事で、当時はガチャから「特効」が出ると全国ランキングのかなり上位に行けるのではないかと思えるぐらい威力があったワケです。
しかも特効は一度だけで、次のイベントでは威力0とか、半減とかそんな感じです。
つまり「ガチャ」にはイベント一度ごとにかなりランキングをリセットしてくれる乱数発生装置としての機能があったわけです。
実際、僕の知ってるガラケーソーシャルを遊んでいた人は、ガチャ回して、いいのが出たら頑張るイベント、いいのが出なかったら流すイベントなんてプレイをしてました。
僕はこれの全盛は見ておらず、スマホにシフトしようとしていた2012-14あたりにこれの最後の輝きとソーシャルの連中がスマホに移行するのを四苦八苦するのを見ていたわけですが、では、なんでこれが壊れたのか? という話になります。
これには二つの理由が混ざり合っているというのが僕の考えですが、基本的には「古典サイクルがユーザー介入要素ではなく、ちゃんとしたゲームの意味を持ったから」です。
スマホにシフトして、古典サイクルがリッチになるにしたがって、 古典サイクルで手に入ったり強化するものが重要になりはじめます。ガチャで出たキャラそのものの強化も入ってくるし、それ以外にスキルだ装備だといろいろ入ったものが重要になると。
すると、古典サイクルのコンソール的なやり込みで差が出るようになる、すなわちプレイタイムや腕で差が出るゲームになったわけです。
そうなるとガチャでいいものを当てても、やり込んでいる人には勝てないゲームになるので、序列が固定されてしまいます。
すると、ガチャは逆転アイテムでもなんでもなくなり勝負するための基礎条件を整える道具になってしまうので、当たらないことに対する理不尽感が増幅されて、不満が大きくなってしまうわけです。
つまり古典サイクルがユーザー介入要素と呼べるような単純なものでなくなった結果、日本のガチャサイクル+イベントの構造は機能不全を起こしたのだというのが、僕の今の考えなわけですね。
2012-13あたりの「KPIが乱高下しないように、ガチャ比率を下げた、ガチャに売り上げを頼らないゲームを作りたい」という意識を、作り手が持っていた時を知っている僕としては、今のイベント比なんかを見ると、いろいろツラいなあと思います。
ところでこの手の収益だのゲーム構造だのことを書くと、金のことしか考えてないとか、まあいろいろなことを、ユーザーはいうに及ばず、プロからすら言われたりするわけですが、どんだけ収益のことを考えても、ゲームがターゲットユーザーにとって面白くなければ、全てムダです。
ゲームがつまんなくてもヒットするなんてことは絶対になくて、それがヒットしているってことは、必ず面白いと思っているユーザーが沢山いるのです。
むしろそれがわからないとしたら勉強するチャンスなのに「こんなのゲームじゃない」とか捨てる人はもったいないことしてるなあと思います。
とまあ、余談だらけの記事でしたが、古い話も新しい話も書いていくブログとして、今年もよろしくです。
といいつつ、今日は全く正月と関係ない話題の記事だったりします。
やや旧聞に属する話なのですが、去年の11月にunityさんにお招きにあずかり、海外と国内の課金メカニクスの比較についてちょっとしゃべったのですが、そのときのスライドに手直ししたものを 【slideshareに公開】 しました。
本来はしゃべってすぐにアップするつもりだったのですが、そのあと全くクソ忙しくて、アップできなかったのを、正月にヒマが出来たので、手直し&見直しを終わらせて、ようやくアップしたわけです。
しゃべったあと、結構問い合わせがあったらしく、遅れて申し訳なかったです。
一つ余談を書いておくと、海外では運営では基本的に時間パラメータに"Daily"を使います。つまりARPPUとかDAUとか全部Dailyベースで見るわけですが、日本の運営の感覚からすると「エエッ!?」だと思います。
これはガチャ+イベントによる乱高下がないから、エビデンスとしてDailyでノイズは十分に少なく見ることが出来るからです。バージョンアップの効果など非常に精密に測定できるので、そこらへんでも、今では海外の方がより優れた運営であると感じます。
ところで、今回、Gamescom 2016で登場したガチャサイクルって言葉(大いに使っている)と、それに対応する古典サイクルって言葉が定義出来たのが自分的には嬉しかったり。
で、これに関係したことをちょっとだけ以下に、
まあプロ向けの話で、フツーの人には「?」な内容になってしまうと思うので、そこらへんはご容赦を。
日本では「ガチャは悪」的な言われ方がよくされるわけですが、これはガチャがダイレクトに課金に繋がって、そして外れたときに痛みがあるからです。
加えてガチャは課金としては単価が高く、これをユーザーに1か月に一度ぐらいは10連を遊んでもらおうとすると、約3000円分の石を撒くことになり、こういうことをやると他の課金経路がいろいろ死ぬので、基本的に石を撒かない海外型の運営の方が明らかに正解です。
と、モロモロを考えると、様々な課金導線に分散された海外改良型ガチャサイクルの方が、ユーザーの課金に対する痛みが出にくく、課金モデルとしては明らかに優れているというのが、現在の持論です。
どのモデルが現在のゲームシーンに合っているのかについては、自分的にはRPGモデルでは大陸型/クラロワ型が一番万能に近く、他は結構適用範囲が限られていると思ってマス。
というわけで、日本型のガチャサイクル+イベントの構造は、今では古びつつある、というのが僕の意見ですが、最初から悪ければ、ここまで主流として機能してくるわけはなくて、ガチャがいい形で機能していた時代のコトを少し書いておきたく思います。
そもそもはslideshareで書いたガラケーでのブラウザソーシャルの時代、イベントが初めて登場したころは、古典サイクルは非常に小さく、ユーザー介入要素と呼ばれてもまあ仕方ないかなってぐらい単純なものでした。
言い換えるなら、ガチャから何が出るか? そして、それをどう扱うかというのがものすごく大事で、当時はガチャから「特効」が出ると全国ランキングのかなり上位に行けるのではないかと思えるぐらい威力があったワケです。
しかも特効は一度だけで、次のイベントでは威力0とか、半減とかそんな感じです。
つまり「ガチャ」にはイベント一度ごとにかなりランキングをリセットしてくれる乱数発生装置としての機能があったわけです。
実際、僕の知ってるガラケーソーシャルを遊んでいた人は、ガチャ回して、いいのが出たら頑張るイベント、いいのが出なかったら流すイベントなんてプレイをしてました。
僕はこれの全盛は見ておらず、スマホにシフトしようとしていた2012-14あたりにこれの最後の輝きとソーシャルの連中がスマホに移行するのを四苦八苦するのを見ていたわけですが、では、なんでこれが壊れたのか? という話になります。
これには二つの理由が混ざり合っているというのが僕の考えですが、基本的には「古典サイクルがユーザー介入要素ではなく、ちゃんとしたゲームの意味を持ったから」です。
スマホにシフトして、古典サイクルがリッチになるにしたがって、 古典サイクルで手に入ったり強化するものが重要になりはじめます。ガチャで出たキャラそのものの強化も入ってくるし、それ以外にスキルだ装備だといろいろ入ったものが重要になると。
すると、古典サイクルのコンソール的なやり込みで差が出るようになる、すなわちプレイタイムや腕で差が出るゲームになったわけです。
そうなるとガチャでいいものを当てても、やり込んでいる人には勝てないゲームになるので、序列が固定されてしまいます。
すると、ガチャは逆転アイテムでもなんでもなくなり勝負するための基礎条件を整える道具になってしまうので、当たらないことに対する理不尽感が増幅されて、不満が大きくなってしまうわけです。
つまり古典サイクルがユーザー介入要素と呼べるような単純なものでなくなった結果、日本のガチャサイクル+イベントの構造は機能不全を起こしたのだというのが、僕の今の考えなわけですね。
2012-13あたりの「KPIが乱高下しないように、ガチャ比率を下げた、ガチャに売り上げを頼らないゲームを作りたい」という意識を、作り手が持っていた時を知っている僕としては、今のイベント比なんかを見ると、いろいろツラいなあと思います。
ところでこの手の収益だのゲーム構造だのことを書くと、金のことしか考えてないとか、まあいろいろなことを、ユーザーはいうに及ばず、プロからすら言われたりするわけですが、どんだけ収益のことを考えても、ゲームがターゲットユーザーにとって面白くなければ、全てムダです。
ゲームがつまんなくてもヒットするなんてことは絶対になくて、それがヒットしているってことは、必ず面白いと思っているユーザーが沢山いるのです。
むしろそれがわからないとしたら勉強するチャンスなのに「こんなのゲームじゃない」とか捨てる人はもったいないことしてるなあと思います。
とまあ、余談だらけの記事でしたが、古い話も新しい話も書いていくブログとして、今年もよろしくです。
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