2017-03-07 Tue [ 昔のこと::ハドソン関係 ]
これはほぼ30年前の話であり大枠は間違っていない自信はあるが、細部については間違いがある可能性は十分にある。
当時のことを覚えているスタッフがいたら、ぜひ覚えてる話をfacebookにでも投げてほしい(つーても、これについて知っているはずの直接の知り合いは山本さん、マンガさん、三上君ぐらいしかいないけど) 。
今まで何回か書いてきたことだが、29年前の1988年に、デビュー作のさいきょーRPG 『凄ノ王伝説』を作るために北海道ハドソンに行ったとき、一緒に仕事をしたアーティストに山本さんという方がおられた。
この方はハドソンで一番最初に「デザイナー」と呼ばれる仕事をした人で、野沢さんの『スターソルジャー』でも背景のドットを打っておられる、大変な職人さんだった。
で、コンソールゲームのノウハウがさっぱりわかっていない僕は、結構山本さんのノウハウに助けられたわけだけど(アルファの連中のノウハウにも、もちろんハドソンのノウハウにも助けられたのだけど)、これは実はその話とはまるで関係ない、僕が記憶している、山本さんがかかわったゲームの話をここに記録しておこうというわけである。
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当時のことを覚えているスタッフがいたら、ぜひ覚えてる話をfacebookにでも投げてほしい(つーても、これについて知っているはずの直接の知り合いは山本さん、マンガさん、三上君ぐらいしかいないけど) 。
今まで何回か書いてきたことだが、29年前の1988年に、デビュー作のさいきょーRPG 『凄ノ王伝説』を作るために北海道ハドソンに行ったとき、一緒に仕事をしたアーティストに山本さんという方がおられた。
この方はハドソンで一番最初に「デザイナー」と呼ばれる仕事をした人で、野沢さんの『スターソルジャー』でも背景のドットを打っておられる、大変な職人さんだった。
当時は絵を描く人はドット屋もしくはグラフィッカーもしくは、デザイナーと呼ばれていた。
そして、日本では絵描きの仕事は今では普通デザイナーと呼ばれるが、これは海外の職分では[2D|3D|テクニカル]アーティスト。
そしてデザイナーというと「ゲームデザイナー」や「レベルデザイナー」で、間違っても絵描きではない。
これは海外(主に欧米)と仕事をするとき、必ず用語で混乱するので、合わせた方がいいと思っているのだが…
そして、日本では絵描きの仕事は今では普通デザイナーと呼ばれるが、これは海外の職分では[2D|3D|テクニカル]アーティスト。
そしてデザイナーというと「ゲームデザイナー」や「レベルデザイナー」で、間違っても絵描きではない。
これは海外(主に欧米)と仕事をするとき、必ず用語で混乱するので、合わせた方がいいと思っているのだが…
で、コンソールゲームのノウハウがさっぱりわかっていない僕は、結構山本さんのノウハウに助けられたわけだけど(アルファの連中のノウハウにも、もちろんハドソンのノウハウにも助けられたのだけど)、これは実はその話とはまるで関係ない、僕が記憶している、山本さんがかかわったゲームの話をここに記録しておこうというわけである。
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